2017年1月11日水曜日

聴覚・初歩編(2001年11月BW誌)

アカデミックレイクになってからの2回目原稿。心がけたのは、専門用語をいかに減らしてわかりやすくするか、でした。専門用語が好きな人は論文がいいでしょうし、そうした資料はたくさんあります。ここではバスや魚の好きな若い層の人、をターゲットにしていた雑誌ですので、小難しい話のギリギリラインを要求されました。

20021月号掲載(200111月執筆)


魚の耳を知る。

聴覚の話・初歩編


魚がルアーを発見する順番は、まず音、波(最近よく波動と呼ばれている水圧変化のこと)を感知することが第一となる。色、姿の識別、味/匂いの判別はその次、となる場合がほとんどだ。バスはどうやって音を捉えてルアーを発見しているのだろうか。今回はそのメカニズムについて考える。

魚になって感じてみよう
 聴覚の話しをする前に、魚の感覚と人間の感覚の違いを先に説明することにしよう。魚は人間と違って水の中という、密度が833倍も高い空間の中にいる。この水という存在が感覚器官の大きな違いになっているのだ。わかりやすく考えると、人間の五感というものがある。これは触覚、聴覚、視覚、味覚、嗅覚という感覚で、この5つをそれぞれの器官で感知することによって身を守ったり、物を食べたり、と生活できるというわけだ。魚は水の存在のために、これらの感覚が3つしかない。というより、聴覚と触覚という『波(音から衝撃まで)の感知』、味覚と嗅覚という『化学物質の判別』をそれぞれ同じ器官で、あるいはそれぞれを同様の信号として感じ取っているのだ。
 『音=波』これを詳しく説明すると、よくルアーが「水を押す」といわれるようなウマイ表現があるが、この「水押し」は「波」である。この波を魚はかなり離れたところから感知することができる。また、手で魚をつかもうと近付けると、目隠しした魚でさえ簡単に逃げてしまう。これも波を側線といわれる器官で感知したものだ。人間でいえばどちらの場合も触覚に相当する感覚のはたらきだ。逆に「音」は人間でいう聴覚という感覚になるが、これも水中を伝わる『密度(周波数)の非常に高い波』であり、これを側線で感知するのはご存じのとおりだと思う。今回はこの、『音』について考えてみたい。水押しや波動の話はまたいずれ機会があれば。

音を聴くメカニズム
 側線は魚の体の横に点線のように伸びているのを見ることができる、あの、線のことである(図参照)。側線は一個一個を調べると袋状の穴になっており、袋の底に感覚毛が生えている。この穴の中に水の波が入ることによってこの毛が揺れ、水流や音を感知する。この他にも鼻のようなクボミや目の周りにも側線器官を持っている。また、水中を伝わる音はウキブクロ(鰾)の中で共振させ、内耳、そして脳へと伝えられる。こう行った仕組みを総合すると、バスは水平方向の真横からの音に対して特に敏感で、また、音源をハッキリつかみやすいのは前方である、と考えられる。つまりは人間と同じような感覚なのではないだろうか。

バスに聞こえる音
 通常、バスフィッシングでは、音を人間の耳で判断する場合が多い。工場での製作の段階でも同じで、せいぜい水槽の中で魚が反応するかどうかの実験しか行えないのが実情で、店頭で一般の人が「これは何Hzくらいの音だ。もうちょっと低いのがいいなあ」などと言っているとハッキリいって周りに人がいなくなるくらいアブナイヤツ扱いされてしまう(実話)。しかしながら、魚は音と波でルアーを発見するのだ。最低限の知識くらいは、こだわらないわけにはいくまい。
 バスに聞こえやすい音というのは個体差があるものの、通常3400Hzあたりを中心に、50Hz1500Hzあたりまでの周波数帯である。人間が20kHzまで聴こえることを考えるとかなり狭い範囲ということになるが、空気中と違い、水中ではこのくらいの音を感知することで十分生活できるのであろう。これ以上や以下の周波数の音は感じ取ることはできるが、判別などは難しいようで、脳波や心拍数に明確な影響はあらわれない。そのうえ、高周波が連続して発されると不快感を感じる個体も多い。
 ルアーの発する音は先述の魚の可聴周波数帯よりやや高めに作られていることが多い。しかし、やや高いシャラシャラした音が、連続して発されるルアーでは、魚はスレやすい。これは、あまり食性と関係ない音、痛い目にあった記憶、または群れのウチの最初に釣られるリーダー的存在(チャレンジャー)が危険信号を発したことなどへ結び付けられ、『学習』されてしまうのだ。これに対して低いゴトゴト系の音のするルアーだと常に生活に必要な音であるため、痛い記憶と結び付けられにくい(もちろん結び付けて学習される可能性は餌よりも大きい)。だいたいゴトゴト系のルアーで200600Hz、シャラシャラしたものは8002kHzとなる。

水中の音
 水中では音は非常に伝わりやすく、秒速約1500mと、なんと空気中(344m/s)の4.5倍の速さである。しかも、陸上では考えられないほど遠くまで伝わり、音も小さくなりにくい。このため、水中では流れ込みの音など、絶えず離れた場所の音が入り乱れていることになる。湖ならまだしも、川などは雑音のまっただ中となる。ただ、こういった石や水の音は低いのでだいたい100Hz以内におさまっている。この雑音を『環境雑音』と呼び、この雑音の中で同様の周波数の音を発しても魚にはマスクされていて聴き取れない。これを『マスキング』と呼んでいる。つまり川など環境雑音の多い場所での使用ルアーはある程度高い音のほうがアピールが強い、ということが言えるわけである。
 また、ブルーギルやニジマスなどの実験で、魚の大小に関わらず、遊泳時にだいたい25100Hz前後の周波数帯の音を発している。湖を回遊して小魚を探すタイプの魚はこういう音をたよりに餌を探すことも多いようだ。
 このほかには肉食の魚が水中で餌を吸い込むときには24kHzの「ジッ」「チャッ」という音が見られる。これらの音は、魚にとっては判別はできない範疇だと考えられるが、非常に短いパルス音であるため不快感は与えられない。このためこういう音が信号になって捕食が始まる、ということも考えられる。非常に高いシャラシャラ系の音のするルアーを、ほんのチョコッと鋭くトウィッチさせるような音だ。

でかいバスに効く音
 これまで自分なりに研究して苦労したことがある。それは個体差だ。人間にも当然見られるのだが、バスのような大型の肉食魚の場合は、大きくなればなるほど個体差が強く出てくるようで、一概にこの音がどう、という内容を断言できなくなってしまうのだ。自分が総合的に感じているのはその場で釣れているルアーより若干低い周波数をもつルアーが「そこにいる、でかいバスが食う音」を発しているように思える。このことについての詳しい話はまたの機会にしてみたい。とにかくバイブレーションやノイジーで中型が爆釣した時に、これらのサイズにかまうのが時間の無駄である、と感じられる方だけ試していただきたい。数はダントツ落ちるがバスのサイズがかなり上がるはずである。同じルアーで少し低い音のするルアーがあれば


小川健太郎/24才。大阪府在住、水産学科で漁場学を学ぶ。株式会社フィッシュマン所属。365日連続釣行を2クール、色理論、池原ダムでのヤーガラ、バドなど、ごく一部のマニアの間だけでひっそりと知られる。SIN-ZOベイトを開発。

キャプション

実験用のバス。バイオテレメトリーの手法を用いて、心拍数などを遠隔で測定できる小型発信機をつけている。

側線器官の略図。袋状になっていて、感覚毛が周波による水圧の変化を感知し、この信号が神経に伝達される。